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星野会計事務所

ニュースレター 

19978 号外 

全く会計・税務と関係ないことですが、NY地域のコミュニティー新聞であるOCS NEWSに私が個人的に投書を出しましたら、思いもかけず掲載して頂くことがありました。日本語の乱れを見せつけられた気がした新聞広告に関しての投稿でしたが、折りも折り、投書をしたすぐ後で日本では小泉厚生大臣がカタカナの厚生行政用語の使用禁止を官僚に言い渡したことが話題となり、掲載採用に至ったのではないかなとも思っております。以下、投書掲載のコピーとその発端となった新聞広告のコピー(但し、縮小及び一部省略)を添付致します。 

 その後、この件で日本の大手広告代理店に勤務する知人と手紙のやりとりをした所、ご本人は個人的は好かないながら「こういう言い方は当たり前のこととして、社会的に認知されているのは事実であり、広告会社がチェックするというレベルではなくなっています」との鋭い指摘を頂き、今更ながら自分の浦島太郎ぶりを再認識しております。また、私がそのコラムを愛読している山本夏彦氏は、著書「私の岩波物語」(文春文庫)の中で、「コピーライターの多くは無学である、無知である。その募集広告を見ると三十歳未満とあるところを見ると、むしろ無知を武器にして新感覚を出そうとしているらしいことに気がつく。」(157)とありました。氏にいわせると、岩波のあの難解な翻訳用語などが日本語を駄目にした大元凶とのことで、言葉の問題はもう取り返しのつかない所に来ているのかも知れません。

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オープンレター Open Letter

カタカナ日本語の氾濫

星野正治 

 遂にここまで来たのか、と思わず書いています。読売新聞国際版の広告にあった「意味不明」の日本語がそれです。

 前々から日本におけるカタカナ日本語の氾濫については苦々しく思っていましたが、「サマーな」という文字を見た途端怒りがこみ上げてきました。大袈裟かも知れませんが、自分の心の中にある「美しい日本」が陵辱された気がしています。以前「ナウな」という言葉が流行った時も嫌な感じがしていましたが、もう許せません。 

 私は一九七八年からニューヨークに住んでいる永住組の人間で日本のことは年々疎くなって浦島太郎みたいになっていますが、離れているだけに日本の文化が美しくあって欲しいと願っています。

 個人的な印象ですが、英語をロクに話せない人ほど該当する日本語があるのに英語などの外国語を言葉にいれたがり、また、高収入を得ている糸居重里や林真理子などがコピーライター出身であることから馬鹿なコピーライター屋が一杯はびこり日本の社会もそれを許している気がします。 

 「そんなに目くじらを立てる必要はない。流行り言葉で馴染まない物は消えて行く」という反論があるかも知れません。しかし、この広告はほんの一例に過ぎず、意味・正体不明の言葉が多すぎるように思われます。

 確かに、日本語自体が本来の大和言葉に加えて中国から輸入された漢語という外国語が混じってできていますし、明治維新による開国の後、西洋の文化がどっと入って来て、それまでの日本語にない概念を表現する適当な日本語がなく、格闘してきた結果、今日に至っているとは言えます。

 明治・大正の先輩達は「創意・工夫」により従来の言葉をうまく合成したりして、立派な訳語を作り出しています。でも、悲しいかな、最近は安易にカタカナ語をそのまま使い、その方が知的に優れていると錯覚している輩が多いと思えます。 

 私の意見に同感の方、こういう「暴力ではない暴力」への効果的な対抗策を教えて頂ければ幸いです。

oooooOOooooo

 

 

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Copyright © 1998 Shoji Hoshino, CPA
最終更新日: 2008/01/14